1. 採卵とは
採卵とは排卵の直前に経腟的に卵巣から卵子を体外に取り出す方法です。卵子は卵胞(卵の入った袋)という殻につつまれ、卵巣の中にあります。この中から1か月に1回1つの卵子が大きく成長します。従って、自然周期排卵で採卵を行う場合には基本的に採卵数は1つになります。また、薬剤により卵巣を刺激して人為的に卵子を育て成熟させる卵巣刺激を行った場合には複数個の卵子が卵巣の中で成長します。従って、その場合には左右両方の卵巣から複数個の卵子が採取可能になります。その際、できるだけ多くの卵子を採取することが採卵の目指すところとなります。
この採卵が体外受精の一連のプロセスの中で唯一その他と異なるのは、採卵が外科的な処置であるということです。採卵時には麻酔が用いられます。今では経腟超音波法による経腟プローブで採卵が可能となりましたが、初期の頃は腹腔鏡下で行われていたため、手術室での処置が必要でした。この経腟プローブのおかげで外来での採卵が可能となり、麻酔を行いますので痛みを感じることはほとんどありません。ただし、外科的な処置になりますのでリスクが全くないとは言えません。麻酔に関しては局所麻酔または静脈麻酔、状況や医療機関によってはその両方が併用されることがあります。
卵子は一度排卵してしまうと体外から取り出すことはできないので、採卵を行うタイミングが一つポイントとなります。卵子の発育状況をみながらそのタイミングを探ります。先にも述べましたが、通常の自然周期の場合には卵子は一番成熟した大きな卵胞「主席卵胞」と呼ばれる卵子が一つだけ育つのが一般的ですが、卵巣刺激を行うことにより複数個の卵子を育てることができます。体外受精を含む生殖補助医療を行う場合には国内では約9割近くが卵巣刺激を行った後に採卵を行っています。多くの場合、卵胞の大きさが18~20mm程度になった時点や女性ホルモンの値を目安として採卵のタイミングを決めています。
また、採卵では卵子を良好な状態で回収することがもう一つのポイントになります。経腟プローブを挿入して、超音波画像を見ながら卵巣の中の卵胞に採卵針(採卵専用の針)を刺して卵胞液とともに卵子を吸引・採取します。卵子はとても小さので、顕微鏡を使って卵胞液の中に卵子を観察し卵子の質を確認します。採卵によって卵子が採取できるかどうか、採卵により何個の卵子を採取できるかが体外受精の成否を握っていると言っても良いと思います。また、体外受精の一連のプロセスの多くの部分は卵子を育て採卵のために行われていると言っても過言ではありません。採卵は時間にして10分から15分くらいで終了しますが、実はとても大きな意義を持っているのです。
2. 採卵の手順
以下には排卵誘発を行った場合に行われる採卵の具体的な手順について説明します。
(1)採卵準備(排卵誘発)
採卵は良好な状態で数多くの卵子を回収できるかがポイントです。卵胞の大きさとホルモン値を測定し、卵の成熟の度合いを確認して採卵日を決定します。多くの場合、卵胞の大きさ(18~20mm程度)、女性ホルモンの値、尿中のLH(黄体化ホルモン)の値を考慮して総合的に判断します。
採卵日が決まったらhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を注射して人為的にLHサージを起こし、卵子を成熟させ、排卵を促します。一般的にhCG注射約34から36時間以内に卵子を採卵します。hCG注射後には卵巣過剰刺激症候群[OHSS](卵巣を刺激することによって起きる副作用。卵巣が腫大してしまい、脱水症状、腹部や胸部の水の貯留[腹水・胸水]、血液凝固系の異常による血栓塞栓症、腎機能障害など重篤な症状をもたらすことがある)による症状がないことを確認します。
(2)麻酔
静脈麻酔にするか、局所麻酔にするかは医療機関の方針やその時の患者さんの状況、採卵針を刺す場所や卵胞の個数によっても変わってきます。静脈麻酔であれば採卵前に、局所麻酔であれば採卵前に麻酔を行います。経腟プローブで卵胞の位置の確認を行った後に、膣内の採卵針を刺すポイントとなる付近と膣壁に麻酔薬を注入します。
(3)採卵
採卵前には経腟超音波検査を行い、排卵していないことを確認します。
問題がない限りは左右の両方の卵巣から採卵を行います。両方の卵巣からできるだけ多くの卵子を採卵するように心がけますが、数だけではなく、卵子を変形や損傷させたりしないよう質に関しても配慮して採卵を行います。
膣壁は血流が多いので穿刺(針を体に刺して内部の液体を吸い取ること)の回数が増えると出血が認められることも少なくありません。そのため膣壁の小さい血管を刺さないように超音波で確認しながら、できるだけ1回の穿刺で卵巣内のすべて卵子を回収できるようなポイントを探します。また、卵胞をすぐに穿刺せずに、卵胞を見つけたら全体の位置を確かめながら穿刺するように心がけています。
採卵針を卵胞膜に対してできるだけ直角に合わせて膜を破ります。卵胞内では採卵針が卵胞の真ん中にくるようにして卵胞液を吸引し、採卵針を抜く際には1回転させながら抜きます。
また、卵胞液の吸引方法には人の手で引く手動式と電動式のポンプがありますが、どちらの場合にも吸引圧に気を付け、卵胞から針を抜くまでは吸引圧を下げないようにします。電動式ポンプは吸引圧が一定にできるだけでなく操作も扱いやすいのが特徴です。しかし、フラッシングという卵胞液の吸引後、卵胞内に培養液を注入して再び吸引することで採卵数を増やす試みを行う目的で手動式ポンプを用いる医療機関もあります。
このフラッシングに関しては行うことにより採卵数が増加するという報告はないのですが、医療機関の方針によって行うところと行わないところがあります。
採卵針については細いほど出血量が少なく体への負担は減りますが、あまり細いものを使うと逆に卵子を変形させてしまうことや損傷させてしてしまう可能性もあります。通常18~19ゲージ(検査のための採血では21~27ゲージの注射針が使われることが多い)が用いられますが、20ゲージ以下の細いものや、17ゲージといった太いものを用いる医療機関もあります。
(4)検卵
採取された卵胞液はすぐに顕微鏡下に置かれます。卵子は卵丘細胞という細胞に包まれた状態で卵胞液の中に存在します。この卵子と卵丘細胞に付着している血液や卵胞液を取り除きながら、顕微鏡下で観察し、採取された卵子の数をカウントします。このように顕微鏡下で観察されて初めて卵子の数が分かります。超音波検査法で観察している卵胞数は目安にすぎません。これは卵子の大きさが卵胞に比べて小さく、顕微鏡で確認しないと分からないからです。従って、卵胞だけが育ち卵子がその中に入っていない場合や、卵胞に卵子が付着してしまい吸引した卵胞液に含まれていない場合には、実際の採卵数は減ってしまいます。逆に卵胞の陰に隠れ、他の卵胞が存在している場合などには採卵数は予想より増えることもあります。
また、同時に卵子の質を観察します。吸引時の影響などにより形が変形している卵子が混ざっていることがあります。このような卵子は受精することが難しいので破棄することになります。この作業を検卵といいます。
3. リスクと対処
(1)出血
穿刺(針を体に刺して内部の液体を吸い取ること)を行った箇所で出血量が多い場合は止血を行います。
細心の注意を払っていますが、採卵後にまれにですが、予期せぬ腹腔内の出血が発生することがあります。出血の為、開腹手術、輸血が必要になった例が学会で報告されています。
(2)感染症
細菌の混入による発熱や膿瘍の形成などの可能性がありますので、予防のため採卵の前後に抗生物質を使います。