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詳しく知りたい不妊治療体外受精

1. 体外受精の歴史と現状

体外受精の研究は18世紀頃から行われており、1950年代にウサギを使った実験においてその成功が報告されました。ヒトでの臨床応用も古く19世紀から行われてきましたが、1978年にイギリスで体外受精の成功が報告されました。Patrick SteptoeとRobert Edwardsらによって世界初の体外受精よる子供(女児)が誕生し、Louise Joy Brownと名づけられました。その子が誕生したことは大変喜ばしいことですが、さらに喜ばしいことにその女の子は順調に成長し、2006年12月には自然妊娠で男の子を、2013年には次男を出産したことが発表されました。これにより「体外受精で生まれた女性は将来、健康な子供を産むことができない」と言われてきましたが、その懸念を覆しました。

そしてこの画期的な体外受精の成功以来、1979年にはオーストラリア、1981年にはアメリカ、1982年以降はヨーロッパ諸国で次々と成功例が報告されました。2010年にはRobert Edwardsがノーベル生理学・医学賞を受賞しました。我が国では1983年に東北大学で国内初の体外受精の成功例が報告されました。しかし、当時はこの成功も良いことばかりではなく、「試験管ベイビー」という言葉が使われ、否定的な意見も多くありました。奇形が出ないかなどと心配する声、宗教的な理由から非難されたこともあったと言われています。中には医学の悪用につながるなどのではないかと辛らつな意見もあったそうです。

今では、日本産科婦人科学会の統計によれば、2017年7月の体外受精を含む生殖補助医療登録施設数は607となり、1年間(2015年)の出生児数は5万1001人に上っています。これらが示すように体外受精を含む生殖補助医療を用いた不妊治療は一般的になりつつあり、特別な治療のように思われなくなってきました。しかし、体外受精についての認知度は高まり、上記のように治療を受ける人は増えてきていますが、今日でさえ少なからず偏見や倫理的に問題視される傾向が完全に払しょくされたとは言えません。正確な統計や成績を公表することで正しい情報を伝え、少しずつこれらの問題を解決する努力と理解を得ながら現在に至っていること、そしてこれを続けていくことも忘れてはならないことだと思います。また、体外受精自体が出生時に与える明確な影響は示されていませんが、出生時の長期予後及びその後の技術革新の影響がどの程度のものか分かっていないことが多いため、大規模な調査が進行しています(一般社団法人日本生殖医学会ホームページより一部抜粋)。このように体外受精の技術的な発達とその発展が多くの患者さんたちにとって福音になっていることは間違いありませんが、より高度でより安全な治療法を患者さんに提供していくためには、まださらなる研究や調査を続けていく必要があるのです。

2. 体外受精-胚移植とは

体外受精とは、女性の体内での受精が困難な方たちから卵子と精子を体外に取り出し、それらを培養液の中で出会わせること(媒精)によって受精の手伝いをすることです。精子と卵子の出会いの仲介をするという説明の方が分かり易いかもしれません。医療機関によって違いはありますが、例えば10個の卵子を用いた場合、平均的に7~8個の卵子に受精が起こります。受精が確認された受精卵は培養液の中で育てられ、細胞分裂を繰り返します。そして順調に発育した良好な胚を選び、その胚を女性の腟の方から子宮内に移植します。ここまでの過程、つまり卵子と精子を体外に取り出し体外で受精を行い、培養した胚を子宮内に移植する一連の治療を体外受精(IVF)と呼びます。正式名称は体外受精-胚移植(IVF-ET)です。また後ほど説明しますが、先ほど良好な胚を選ぶと記載しましたが、これは体外受精後の着床・妊娠において大きなポイントとなります。良好な胚を体内に移植すると妊娠率がより高くなることが知られています。そのため2日から5日間の培養を行った後に良好な胚を選び体内に戻すことが一般的に行われています。胚の評価法として代表的な分類法が2種類ありますが、一般的に受精2日目に4細胞、3日目に8細胞以上に分割し、それぞれの細胞(割球)の大きさが均一で、フラグメント(胚の中にある割球以外のブツブツとしたもの)が少ないものほど良いとされています。

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3. 体外受精の対象となる方

正常な場合、精子と卵子が卵管内で出会い受精しますが、卵管が詰まっている場合や卵管の周囲が癒着するなど卵管に卵子が取り込まれにくくなっている場合、不妊症の原因になります。また、女性側の問題だけだはなく、男性側にも男性機能や精子の機能が低下しているなどの不具合が生じている場合にも体外受精の対象となります。つまり体外受精を行うかどうかは、女性の体内で正常な状態で受精が可能かどうかということになります。男女の一方もしくは両方に受精の過程において問題がある場合、具体的には以下の4つ症状のいずれかに当てはまった場合には体外受精の対象となります。

①卵管性不妊の方

卵管狭窄(卵管内の幅が狭くなる)や卵管閉塞(卵管がつまる)のある方は体外受精・胚移植法の対象となります。このような症状を引き起こす主な原因を以下に示します。

  • 1)重症の子宮内膜症により排卵が妨げられたり、卵巣周囲の癒着により排卵された卵子のピックアップが妨げられたりする場合
  • 2)クラミジア感染や淋菌などの感染症により卵管の中や周囲の炎症により卵管周囲が癒着を起こし、卵管による卵子のピックアップを妨げられたりする場合
②男性不妊症の方(造精機能障害など)

造精機能障害とは精子の奇形率が高い、精子の数が少ない、また精子が造られない、運動性が乏しいなどといった障害であり、男性不妊の原因の90%以上を占めると言われています。薬物治療、手術治療、人工受精を繰り返しても妊娠に至らない方は体外受精の対象になります。しかし、それでも受精が難しい場合には顕微授精(顕微鏡下で人工的に精子を卵子に注入する方法)といった方法が行われます。

③免疫性不妊症の方(精子に対する抗体[抗精子抗体陽性]のため受精が障害される方)

女性側に抗精子抗体(精子を障害する抗体)や精子不動化抗体(精子の運動を止めてしまう抗体)が見つかった場合には体外受精の効果が期待できますが、反対に男性に抗精子抗体が見つかった場合には顕微授精が有効と考えられます(一般社団法人日本生殖医学会 不妊症 Q&A[平成25年4月]、小森ら 日産婦誌59巻9号)

④原因不明不妊症

不妊症の検査をしても明確な不妊の原因が見つからない場合を原因不明不妊と分類され、不妊症の1/3を占めると言われています(一般社団法人日本生殖医学会 不妊症 Q&A[平成25年4月])。しかし、実際には現時点で行われる検査では明らかにすることのできない何らかの原因があるものと考えられ、これには主に2つの原因が考えられています。ひとつは卵管内で精子と卵子が受精しない場合です。この場合、人工授精や体外受精(IVF)を含めた生殖補助技術(ART)の適応となります。

もう一つは、精子または卵子の質が低下、あるいはその機能が消失している場合です。高齢になるほど精子や卵子の質の低下が認められるので、この加齢による影響が考えられます。ヒトの卵子の質は年齢が30歳を過ぎると低下しはじめ、35歳を過ぎると急激に下降すると言われています。寺田らの研究では(上原記念生命科学財団研究報告集, 26(2012))採取される卵子数が40代を境に急激に減少しこの事実は日本産科婦人科学会が毎年発表している本邦における年齢別の生殖補助技術(ART)の妊娠率あるいは出産率での30代後半の年齢に認められる急激な成功率の減少と合致しているとしています。また、一度、精子や卵子の機能が消失してしまうと、現在では有効な治療はほとんどありませんので、そうなる前に治療を行うことが必要になります。

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4. 体外受精(IVF)の治療法と手順

体外受精(IVF)にはいくつかの方法がありますが、患者さんの仕事や生活のパターンや今まで治療を受けられたことがある方はその治療方法を考慮しながら治療法が選択されます。
体外受精の手順の概略は以下の通りです。

卵巣で卵子を育てる
卵巣から成熟した卵子を取り出す
精液の採取
取り出した卵子と精子を受精させる
受精が確認されたら、さらに培養を続ける
細胞の分裂の状態から良好な胚を見極める
良好な胚を子宮内に戻す
①卵巣で卵子を育てる

薬剤による刺激を卵巣に行い、人為的に卵子を育てます。これを卵巣刺激法と呼びます。この卵巣刺激法にはいくつかの方法があります。この方法は順を追って説明して行きます。では、まず、なぜ、卵巣刺激法を行うかですが、通常の自然周期の場合には卵子は一番成熟した大きな卵胞「主席卵胞」と呼ばれる卵子が一つだけ育つのが一般的です。しかし、卵巣刺激法を行うことにより複数個の卵子を育てることができます。つまり、複数個の卵子の採取が可能になり、それによって受精卵も複数個得ることができるのがこの方法のメリットなのです。さらにその中から良質な卵の選択が可能になることもメリットの1つです。逆に自然周期と同様な形で月に一つだけ育つ卵子を用い、できるだけ身体に負担をかけずに自然に近い状態で治療を進める場合もあります。様々な方法がありますので受診される医療機関とよく相談し、治療の内容を理解し、状態に合った適切な治療を受けることが大切になってきます。

次に卵巣刺激法の仕組みですが、卵子を育てるための卵巣刺激剤としてhMG(ヒト下垂体性性腺刺激ホルモン)/FSH(卵胞刺激ホルモン)製剤(注射の種類や使用量は各人により異なります)を使います。その際、排卵が起こらないようにhMG/FSH製剤の使用前から排卵抑制剤を使います。そして最後に、これは方法にもよりますが、卵の最終的な発育を促すためにhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)製剤を使います。

また、いくつかの方法では(GnRHアゴニスト(GnRHa)[ゴナドトロピン放出ホルモンアゴニスト])を使用しますが、この薬剤は使用してから一時的にですが、卵巣からのホルモンの量が増加します。しかし、その後、使用を続けると逆にホルモンの量が抑えられ、さらに排卵を抑制するという作用がありますので排卵抑制剤としても用いられます。卵巣刺激法には薬剤の組合せを替える、その使用期間を変えるなど複数の方法が存在します。代表的なものを以下に示します。

1)GnRHaショートプロトコール

月経1日目より点鼻薬(GnRHa)の使用を開始し、月経3日目からhMG/FSH製剤の注射を行います。卵胞の発育等を観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤を注射して排卵させます。上記に記載したGnRHaの使用初期の卵巣からのホルモンの量の増加作用を利用するため、下記2)のロングプロトコールよりもhMG/FSH製剤やGnRHaの使用量が少なくて済むことが利点として挙げられます。

2)GnRHaロングプロトコール

排卵抑制を目的として月経開始約1週間前から点鼻薬(GnRHa)の使用を開始し、月経3日目頃からhMG/FSH製剤の注射を行います。卵胞の発育等を観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤を注射して排卵させます。年齢の若い方など卵巣機能がある程度保たれている方や採卵日を調節したい方に用いられます。

3)GnRHアンタゴニスト法

月経3~5日目からhMG/FSH製剤の注射を開始し、卵胞がある程度の段階まで発育してきた時点で採卵の時期を調節するために、排卵抑制剤であるGnRHアンタゴニスト製剤(ゴナドトロピン放出ホルモンアンタゴニスト)の使用を開始します。卵胞の発育等を観察しながら採卵日を決定し、hCG製剤の注射または点鼻薬(GnRHa)を使用して排卵させます。上記の2つの方法に比べ新しい方法であり、従来の方法よりhMG/FSH製剤の使用量が少ないことや治療期間も短く、さらに副作用(重篤な卵巣過剰刺激症候群 [OHSS])の発生が少ないことが利点として挙げられます。

4)クロミフェン療法

通常、月経3日目頃からクロミフェンの使用を開始します。必要に応じてhMG(FSH)製剤を併用する事もあります。受診回数・費用などが少ないことが利点として挙げられます。

②卵巣から成熟した卵子を取り出す

静脈麻酔下で採卵を行います。経腟超音波(エコー)を使い、卵胞を確認しながら採卵針を卵胞に刺し、卵胞液ごと卵子を吸引します。

③精液の採取(ご提出の際に公的な身分証明書にて、ご本人様確認をさせていただく場合がございます)

採卵日当日に、精液を採取します。医療機関で採取できない場合には自宅で採取し、温度変化に気を付けながら医療機関に持参します。その後、精液が処理され運動良好精子が回収されます。

④取り出した卵子と精子を受精させる

培養液内に採卵された数個の卵子と良好精子を5~20万個/mlの濃度になるように調整します。医療機関により異なりますが、4時間から一晩かけて培養を行います。最近ではより短時間で行われているケースもあるようです。

⑤受精が確認されたら、さらに培養を続ける

受精卵は2~3日後には4~8細胞に分割し、初期胚と呼ばれます。さらに2日間培養すると胚盤胞と呼ばれる段階にまで発育します。

⑥細胞の分裂の状態から良好な胚を見極める

《体外受精-胚移植とは》の項目でも記載しましたが、胚の評価法として代表的な分類法が2種類あります。初期胚にはVeecKの分類を、胚盤胞にはGardnerの分類をそれぞれ用いるのが一般的です。分割の速度が早く、胚の割球がほとんど同じ大きさで、割球の一部にフラグメントがほとんど見られない場合には良好胚と認められ、着床率も高いとされています。

⑦良好な胚を子宮内に戻す

初期胚、胚盤胞のいずれの胚でも移植は行われています。初期胚、胚盤胞のどちらを移植するかに関してですが、初期胚に比べ胚盤胞の方が良好胚の選別が易しいため着床率は高いと言われていますが、胚の発育状況等、その他の様々な状況を考慮して決められます。移植は細いカテーテル内に培養液と胚を吸引した状態で子宮腔に挿入し、胚を子宮内に戻します。なお、移植する胚の個数ですが、日本産科婦人科学会(平成20年4月12日の第60回総会)の会告で「移植する胚は原則として単一とする。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する。」とされています。

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5. 体外受精(IVF)の問題点

①卵巣過剰刺激症候群(OHSS)

多数の卵子を採取するために排卵誘発を行いますが、その際に卵巣を刺激することによって起きる副作用です。卵巣が腫大してしまい、時には腹水の貯留が起こり、腹痛、腹部膨満感、血液濃縮、乏尿、血栓症などを伴うことがあります。この副作用の詳細や対処法等については平成23年3月厚生労働省より「重篤副作用疾患別対応マニュアル 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」が出されていますので、興味のある方は参照いただけたらと思います。

②流産率

健常なカップルが自然妊娠した場合でも10~15%程度の率で流産は認められます。平成27年度の産婦人科学会倫理委員会の報告*(2014年)では新鮮な胚を移植した場合には26.4%、凍結した胚(一時的に凍結し次の周期以降に移植した胚)を移植した場合では26.8%でした。また、自然妊娠の場合と同様に体外受精を行った場合でも高年齢者の流産率は高くなります。
*(平成27年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(2014年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2016年7月における登録施設名)

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