顕微授精
1. 顕微授精とは
1992年、ベルギーのPalermoらによって世界ではじめてヒトでの顕微授精による妊娠分娩の成功が報告されました。それ以降、この方法は急速に世界中に普及し、世界では生殖医療の約70%の治療がこの顕微授精という方法を使っているとも言われています。わが国でも1994年に分娩例が報告されて以来、年々実施件数は増加しています。2013年には11万3738周期の顕微授精が行われたと日本産婦人科学会が報告しています。体外受精や顕微授精などの生殖補助医療(ART)の2014年の治療周期数は39万3745件、産生分娩件数は4万6008件、我が国の全出生の約4.7%を占めています。
顕微授精とは細いガラス針の先端に1個の精子を入れて卵子に顕微鏡で確認しながら直接注入する方法をいいます。この顕微授精による妊娠分娩の成功以前の生殖補助医療(ART)の主流は体外受精であり、その方法は卵子に多数の精子を振りかけ、あとは自然に受精するのを待つというものでした。しかし、先にも述べました通り、この顕微授精は1個の精子を卵子に直接注入することが可能であり、体外受精と大きく異なる点は1つでも精子があれば受精が可能である点です。確かにPatrick Steptoe とRobert Edwardsらによって確立された体外受精はノーベル賞にふさわしい革新的な技術です。しかし、その体外受精では治療の対象が限られていた男性側に原因のある不妊症に対し、この顕微授精がさらに大きく治療の可能性を広げたことが、この治療法が革新的と言われている理由の一つなのです。
男性不妊の多くを占める精子の数が少ない乏精子症や精液中にまったく精子が見当たらない無精子症は一部を除いては根本的な治療方法がなく、不妊治療をあきらめざる負えない状況も多かったと思います。しかし、精巣の中に少しでも精子が残っていれば外科的にそれを取り出して、この顕微授精により受精させ、子供がもてるようになったのです。
以前はなかなか子供が持てない夫婦では、女性側に問題があるように受け取られてきた場合が多々あったのではないでしょうか。その点において体外受精は不妊の夫婦双方にはもちろんですが、特に女性側に福音がもたらされたように思います。しかし、顕微授精では逆に、男性不妊の要因の解消という点で男性側に福音がもたらされたように思います。
2. 顕微授精の適応
日本産婦人科学会の「顕微授精に関する見解」の中で示された適応は以下の通りです。
- ・本法(顕微授精)は、男性不妊や受精障害など、本法以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断される夫婦を対象とする
つまり、体外受精を実施しても受精が成立しなかった場合と、体外受精をしても受精しないと判断される場合です。具体的には、女性の年齢が高い場合や卵子の数が極めて少ない場合、男性の精液中の精子濃度や運動率が低く、顕微授精以外では受精の可能性が極めて低い場合などに限られています。安全性を主として考えており、リスクとして何があるのかわからないので、顕微授精は必要な場合以外は実施しないという立場を取っています。
3. 顕微授精の方法
(1)通常の顕微授精
顕微授精による治療の場合でも、体外受精と同じく排卵誘発を行い、卵子を採取します。そして、採取された卵子に対して顕微授精を行います。
1)卵子の条件
まず、採卵時の卵子の周囲に付着している卵丘細胞という細胞を取り除きます。卵丘細胞はヒアルロン酸によって膨らんでいるためそれを分解する酵素をかけ、その後、手早く卵子からはがします。
次に顕微授精に使う卵子の成熟は成熟している必要があります。この場合、第一極体という小さな細胞が観察されると成熟したという合図になります。顕微授精を行う前には、この状態になっていることを確認します。
2)精子の選択
顕微鏡下で形態良好精子を選びます。そして精子の不動化(動きを止めること)を行います。これは精子の細胞膜を傷つけることで卵活性化物質の放出など、受精後の卵子を活性化させるために非常に重要なステップです。具体的には泳いできた精子をインジェクションピペットという細いガラス管で押さえつけて、そのまま真横にピペットを動かします。
この工程後に精子を1個選び、インジェクションピペットで吸引します。ゆっくり吸引しながら、精子の尾部の先端の場所を探っていきます。そして、尾部から吸引します。
3)卵子のホールド
卵子の赤道面にピントを合わせホールディングピペットの位置を調整し、卵子をホールドします。
4)精子の注入
できるだけ卵子を傷つけずに効率よく精子を注入するためには、卵子の中心点へインジェクションピペットの先端を入れることです。ピペットをホールドされた卵子の3/4くらいの位置まで持っていくと細胞膜の張りを感じなくなります。この時が膜の破れた瞬間です。破膜といいます。破膜後は精子を卵子にすぐには注入せずに、精子の頭部だけを出した状態でしばらくそのままの状態にします。精子が卵子の細胞質に馴染むのを待ちます。そして図1のようにピペットを抜いた時に精子が細胞質内に留まれば成功です。しかし、ピペットを抜いた後に精子が完全に押し出されてしまった場合は、再度、新たに精子の注入を試みます
5)注入終了後
顕微授精の終了した卵子は胚移植の日まで培養器に保管します。
(2)ピエゾICSI(顕微授精)
当院の顕微授精は、全例PIEZO-ICSIを導入しています
Piezo(ピエゾ)法は、細胞膜を軽く押した時点でパルスをかけることで卵子へのダメージを軽減することができる最新の顕微授精法です。
この方法は卵子に対するダメージが明らかに少なく受精率が向上します。
受精率比較:
従来法74%→PIEZO法85%
この方法は微妙な慣性力という力を与えることによってインジェクションピペットの先端を前進させることにより透明帯を変形することなく通過し、細胞質と透明帯の間にある囲卵腔にピペットが入ったことが容易に確認できます。この時点で更に弱いパルスを1回与えることで細胞質の中にピペットが簡単に入り細胞質を吸引することなく精子を注入することができます。
従来の方法のような透明帯とともに細胞質にピペットを押し込みながら、細胞質の中に深く入り、そして細胞質を破り精子を入れるという操作が必要なくなります。
従って、この方法によって従来の余分な溶液を卵細胞内に注入するリスクや卵細胞に与えるダメージを抑えられます。しかし、短所としては卵の質によっては透明帯を貫通できないことがあり、かえって時間がかかってしまうことがあります。
(3)レスキューICSI(顕微授精)
レスキューICSIとは体外受精を行った翌日に受精が認められなかった患者さんに対し顕微授精を行う方法でした。しかし、この方法ではあまりよい結果が得られなかったため、最近ではあまり行われておりません。
(4)精巣内精子によるICSI(顕微授精)
無精子症(閉塞性および非閉塞性)や極めて精子の数が少ない患者さんを対象に、外科的手法によって精子を精巣内または精巣上体内(図2参照)から精子を採取します。この時、採取された精子を精巣内精子と呼んでいます。その精子を使って顕微授精を行います。ここでは精巣内精子とその採取方法を説明します。
1)精巣内精子とは
精子の形成が終わると、精子は精細管の内腔の中へと放出されます。この時点では形の上では射精されて出て来る精子と変わりません。しかし、状態や機能といった点で異なっています。射精されて出て来る精子は成熟していますが、この時点の精子は成熟していません。精子の変化の初期段階は精巣内で起こり、その後、精巣上体へ移ります。精巣上体で成熟し、射精するまで保存されます。
まずは、精巣上体を通過する時点で精子の核が徐々に濃縮し、形も細長い円錐状へと変化します。この変化は将来的に精子のDNAを維持する上で重要なプロセスと考えられています。
また、精細管の内腔にある精巣内精子は、運動性も受精をする能力もない機能的にも未熟な状態です。精路を通過する段階で受精する能力を獲得しながら機能的に成熟していきます。機能の獲得については、その多くが精巣上体で行われ、成熟していきます。
(出典:「六訂版 家庭医学大全科」株式会社法研発行)
2)精子の採取方法
無精子症の患者さんの精子の採取にはいくつかの方法があります。閉塞性の無精子症には精巣上体精子吸引法(MESA)を非閉塞性無精子症には精巣内精子回収法(TESE)が実施されています。しかし、TESEは回収率があまりよくありません。そこで顕微鏡下精巣内精子回収法(micro-TESE)が開発されました。より高度な造精機能障害に有効と考えられています。
表1にこれらの方法の特徴について示します。
術式 | 適応 (無精子症) |
採取 場所 |
方法・特徴 | |
---|---|---|---|---|
閉塞性 | 非閉塞性 | |||
TESE | 〇 | - | 精巣内 | 精巣の組織から直接、精子を採取する方法です。精巣を非常に小さく切開する方法で精子を採取します。 閉塞性無精子だけでなく、射精障害も適応になります。 精子形成機能に問題がなく、高い確率で精子が回収できると予想された症例が適応となります。 |
MESA | 〇 | - | 精巣上体 | 精巣を覆う陰嚢を切開して、精巣と精管の間にある精巣上体という部位から精子を採取します。 |
micro-TESE | 〇* | 〇 | 精巣内 | 精巣を切開して精巣内のほぼ全体を顕微鏡で観察します。 精子がいそうな部分を選んで採取することができるので、精巣への侵襲が少なく、成功率が高いのが特徴です。 |