1. 不妊の定義
「不妊」とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、一定期間妊娠しないものをいいます。一般に通常の夫婦生活を送っていれば、結婚して半年で7割程度、1年で9割程度が妊娠するといわれています。日本産科婦人科学会では、この「一定期間」について「1年というのが一般的である」と定義しています(公益社団法人日本産科婦人科学会ホームページ一部抜粋)。先に1年で9割程度が妊娠すると記載しましたが、裏を返せば約10組に1組が不妊カップルということになります。近年では、女性の晩婚化が進んでいることやキャリア形成指向などにより妊娠を考える年齢が上昇しており、不妊の割合はもっと高いのではないかとも言われています。また、女性だけではなく男性においても加齢により妊娠が起こりにくくなることが知られており、治療が遅れることで効果が下がってしまうことを考えると、男性、女性共に早めに検査や治療を行った方が良いでしょう。
実は従来の不妊の定義は「2年というのが一般的」でしたが、「1年というのが一般的」と変更されました。これは海外の諸機関では不妊の定義を1年としていることや、不妊(症)の定義の変更によって、より早期に適切な不妊治療を受けることにつながると期待されたためです。(公益社団法人日本産科婦人科学会 平成25~26年度生殖・内分泌委員会生殖医療リスクマネージメント小委員会)。
また、年齢によるものばかりではなく、女性に月経不順や無月経期間が長く排卵に問題がある場合や子宮内膜症や子宮筋腫などの疾患の合併により妊娠しにくくなることが分かっています。男性も小児期におたふく風邪などに罹患したあとに高熱が続いたことや、睾丸炎を起こした既往やヘルニアの手術を受けた場合など、精子をつくる力が低下していることがあります。このような場合にも「不妊かもしれない」と考えて早めに検査や治療を行った方が良いと思います。
2. 不妊に関する調査
不妊の定義の項目でも説明しましたが、なかなか妊娠しないカップルは、約10組に1組と言われています。たとえば、世界中の過去の調査を2007年にまとめた報告では、不妊症の比率は、調査された時代や国により1.3%から 26.4%に分布し、全体では約 9%と推定されています(一般社団法人 日本生殖医学会ホームページ一部抜粋)。
2015年の国立社会保障・人口問題研究所によれば、日本では不妊を心配したことのある夫婦は3組に1組を超え、子どものいない夫婦は55.2%にのぼり、不妊を心配したことがある(または現在心配している)夫婦の割合は、35.0%であり前回の調査(31.1%)より増加したというとこです。また、子どものいない夫婦の割合は55.2%(前回52.2%)にのぼり、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は全体で18.2%(同16.4%)、子どものいない夫婦では28.2%(同28.6%)です。結婚15~19年の夫婦の29.3%が不妊を心配した経験があり、15.6%が検査や治療の経験があります。過去の調査にくらべて、不妊の検査や治療経験のある夫婦の割合は上昇傾向にあります。
一般に、もっとも女性が妊娠しやすい年齢は20歳前後とされていますが、30歳代半ば頃から、年齢が上がるにつれて様々なリスクが相対的に高くなるとともに、妊娠・出産に至る確率が低くなっていくことが指摘されています。そして、女性の年齢が45歳を過ぎると、たとえ排卵や生理があっても、赤ちゃんを作ることの出来る質の良い卵子ができなくなってしまうために妊娠の可能性はほとんどなくなってしまいます。
2010年の調査では第一子出生時の母の平均年齢は29.9歳となり、30年前の1980年には26.4歳であったことを考慮すると、「子どもを持ちたい」と思いつつ、なかなか妊娠しないカップルの割合は上昇しているものと思われます。実際、不妊治療の中でも、体外受精などの生殖補助医療を受けるカップルは、毎年著しく増加しています(一般社団法人 日本生殖医学会ホームページ一部抜粋)。
3. 不妊の原因
不妊症は一般の病気とは違うところがあります。一般の病気は何らか明確な症状があり、その症状を基に検査を行います。そして原因を見つけ、診断が下され、診断に従って治療が行われます。
しかし、不妊症は子供がきでないという他、身体的に明確な症状がない場合が多いのです。不妊症はこの点において一般の病気と異なっています。従って、まずは検査を行うことによって原因を知ることが第一歩になります。その原因を探ることで、その後に何らかの障害や疾患が明らかになることがあります。
不妊の原因とその割合は卵巣因子が20.5%、卵管因子が20.4%、子宮因子が17.6%、免疫因子5.2%、男性因子が32.7%という調査結果があります(日本受精着床学会・倫理委員会:非配偶者の生殖補助医療による不妊患者の意識調査.2004:21:6-14)
妊娠が成立するためには、射精から受精までの条件、卵胞発育から受精までの条件、受精から着床までの条件など、各段階で生理現象が正常に働くことが必要になります。射精後、精子が受精の場、すなわち卵管に達するだけでなく、丁度その中で女性の身体の中でホルモンの調節を受けた卵子が成熟し、タイミングよく排卵が起こり、受精し、発育、着床へと障害なく進まなくてはなりません(荒木康久 生殖補助医療技術学テキスト[第1版] P28,2016一部改変)。また、WHOの調査結果によると不妊カップルの男女の不妊の要因は男性因子が24%、女性因子が41%、男性・女性ともに原因がある場合は24%であり(WHOの調査[Comhaire, F.H:Male Infertility, London:Carpman&Hall Medical, 1996])、不妊カップルの約半数は男性側にも原因があるため男女双方の要因を考える必要があります。
以下に不妊症の主な原因となる具体的な因子を記載します。
(1)女性の不妊症の原因
①排卵因子
基本的に月経周期が25日~38日で基礎体温が二相性を示している場合は問題ありませんが、これにあてはまらない方は月経不順をきたしていると考えられ、排卵障害の可能性があります。
排卵障害の原因としては、まずホルモンバランスが正常でない場合が挙げられます。プロラクチンという乳汁を分泌させるホルモンの分泌が増える高プロラクチン血症により卵巣機能を抑制されてしまう場合、多嚢胞性卵巣症候群による卵巣内の男性ホルモンが高まることにより排卵がうまく行われないという場合が挙げられます。その他、大きな精神的ストレスや大幅なダイエットに伴って月経不順をきたした場合にも不妊症になることがあります。
②卵管因子
卵管狭窄(卵管内の幅が狭くなる)や卵管閉塞(卵管がつまる)のある方など卵管の質的な機能に原因がある場合があります。例えば、性器クラミジア感染や淋菌などの感染症により卵管の閉塞や周囲の炎症により卵管周囲が癒着を起こし、卵管に卵子が取り込まれにくくなるために不妊症になることがあります。特に女性ではクラミジアにかかっても無症状のことが多く、感染に気づかないことがあります。
また子宮内膜症により排卵が妨げられたり、卵巣周囲の癒着により排卵された卵子の取り込みが妨げられたりする場合もあります。
③子宮因子
子宮の質的な機能に原因がある場合があります。子宮粘膜下筋腫、子宮内膜ポリープ、子宮腔内癒着症、中隔子宮が代表的です。特に子宮粘膜下筋腫では過多月経である場合が多く、内膜の表面が滑らかではなくなったりするため受精卵の子宮内膜への着床の障害になったり、着床しても流産しやすくなり不妊の原因になることがあります。なお、子宮筋腫は着床を妨げるだけでなく、精子が卵子へ到達するのを妨げて妊娠しにくくなることもあります。
④子宮頸管因子
子宮頸管の狭窄や頸管粘液の分泌に異常がある場合には、精子の進入を妨げてしまうため不妊の原因となります。
また、ブドウ球菌、クラミジアや淋菌感染症などにより子宮頸部の炎症が慢性化すると不妊の原因になります。
⑤免疫因子
女性側に抗精子抗体(精子を障害する抗体)や精子不動化抗体(精子の運動を止めてしまう抗体)が見つかった場合には、精子の運動性や卵子と精子の結合、受精卵や初期胚に影響を与えます。
不妊症カップルに認められる下記の「原因不明不妊」の中で、かなりの頻度でこの免疫因子が含まれていると考えられています。
⑥原因不明不妊
不妊症の検査をしても明確な不妊の原因が見つからない場合を原因不明不妊と分類され、調査によっては不妊症の1/3を占めるとも言われています(一般社団法人日本生殖医学会 不妊症 Q&A[平成 25 年 4 月])。しかし、実際には現時点で行われる検査では明らかにすることのできない何らかの原因があるものと考えられ、これには主に2つの原因が考えられています。ひとつは卵管内で精子と卵子が受精しない場合です。この場合、人工授精や体外受精(IVF)を含めた生殖補助技術(ART)の適応となります。
もう一つは、精子または卵子の質が低下、あるいはその機能が消失している場合です。高齢になるほど精子や卵子の質の低下が認められるので、この加齢による影響が考えられます。ヒトの卵子の質は年齢が30歳を過ぎると低下しはじめ、35歳を過ぎると急激に下降すると言われています。寺田らの研究では(上原記念生命科学財団研究報告集, 26 [2012])採取される卵子数が40 代を境に急激に減少し、この事実は日本産科婦人科学会が毎年発表している本邦における年齢別の生殖補助技術(ART)の妊娠率あるいは出産率での30代後半の年齢に認められる急激な成功率の減少と合致しているとしています。また、一度、精子や卵子の機能が消失してしまうと、現在では有効な治療はほとんどありませんので、そうなる前に治療を行うことが必要になります。
(2)男性の不妊症の原因
男性不妊は不妊症の原因の約半数を占めていると考えられています。そのため精子の濃度や運動率、形態などを調べることは大変重要なことです。
男性の不妊症の主な原因は造精機能障害(精子がたくさん作れない)で全体の82.4%、性機能障害(性行為ができない)が13.5%、閉塞性精路障害(精子が通れない、出てこない)が3.9%です(厚生労働省子供・子育て支援推進調査研究事業 我が国おける男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究 平成27年度総括・分担研究報告ダイジェスト版)。
①造精機能障害(主なものを列挙します)
- ・乏精子症・精子無力症
乏精子症とは精子数が精液1mlあたり1500万未満で精子の数が少ない人のことをいいます。また、精子無力症とは精子運動率が40%未満で精子の動きが悪い人のことをいいます。乏精子症、精子無力症の双方を合併しているケースも多く認められます。 - ・無精子症
精液中に精子が全く見られない状態を無精子症といいます。閉塞性と非閉塞性に大別され、非閉塞性が9割を占めると言われています。非閉塞性無精子症に対しては技術の向上により精子の採取率が著しく向上しています。 - ・奇形精子症
正常な精子が形成される割合は4%以下です。 - ・精索静脈瘤
精索静脈瘤は精巣上部や周辺の静脈が拡張した状態のことを示します。正常な男性に比べ不妊患者では高い確率で認められます。精索静脈瘤がどのように造精機能障害を起こすかは十分に分かっていませんが、拡張した静脈内の温度の上昇にともない精巣が温められることで障害が起きると言われています。
②性機能障害
性機能障害には、性交時に有効な勃起が起こらず性行為がうまくいかない勃起障害(ED)や性行為は出来ても腟内での射精ができない腟内射精障害があります。心的な要因が主であると言われています。
③閉塞性精路障害
精子は精巣で造られ、精巣上体、精管を通り、射精により精液として尿道から排出されます。精路(精巣上体、精管、射精管)に何らかの障害(閉塞)があり、精液中に精子がでない状態、つまり精巣内で精子を作る能力はあっても、精路に炎症などが起きることによって詰まり、射出精液中に精子が認められない状態をいいます。無精子症の原因の中でも15~20%に認められます。
④その他
低ゴナドトロピン性性腺機能不全、高プロラクチン血症、テストステロン分泌低下などのホルモン障害や感染症による副腎障害、癌などが原因として挙げられます。